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2024.04.08

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カーボンニュートラルに挑む Vol.3

Project.1    安比地熱発電所プロジェクト

クリーンエネルギーを未来へ。培った技術力と気概は次世代へ

地熱資源に恵まれた日本では、天候に左右されることなく安定的に電力を供給できる地熱発電の可能性に大きな期待が寄せられています。
三菱マテリアルはグループ力を結集し、50年以上前から地熱発電開発に取り組んできました。その最新プロジェクトこそ、2024年3月に岩手県で運転開始した「安比地熱発電所」です。
現在は三菱マテリアルをはじめとする3社の共同出資で設立した安比地熱株式会社によって管理運営がなされ、一般家庭約3.6万世帯もの消費電力に相当する14,900kWを発電しています。
ここでは三菱マテリアルと安比地熱社の担当者に登場いただき、運転開始に至るまでの挑戦の軌跡とその先に描く未来について、語り合っていただきました。

安比地熱株式会社 技術部 主任 佐々木 岳(左)
三菱マテリアル 再生可能エネルギー事業部 地熱事業開発部長 阿部 龍巳(右)

窮地を救ったのは、
人の心を動かす“ひたむきさ”

――お二人の経歴と安比地熱発電所プロジェクトにおいて担った役割を教えてください。

阿部:私は入社以来キャリアの半分以上、地熱事業に携わってきました。地下部門のリーダーとして本プロジェクト参加の打診を受けたのは、カナダとチリで10年間の海外勤務を終えた後、秋田県で澄川地熱発電所の操業管理に携わっていた2019年のこと。
 地熱発電では、地下2,000m 付近にある地熱貯留層からマグマに熱せられて高いエネルギーを得た高温で高圧の熱水や蒸気を取り出し、その蒸気を用いてタービンを回し発電します。そのため地熱発電開発では生産井※1と還元井※2を掘る必要があります。そして地下部門のリーダーである私の役割は、それらの井戸の掘削工事を成功へ導くことでした。
※1 生産井: 地熱貯留層から蒸気を取り出す井戸
※2 還元井: 熱水を地熱貯留層に戻す井戸

佐々木:私も阿部さんとともに井戸の掘削を担当しました。実は入社2年目から阿部さんのもとで澄川地熱発電所の蒸気設備管理を務めたので、阿部さんと働くのは2度目です。その後2020年に三菱マテリアルから安比地熱社に出向になったので、今回は異なる立場でプロジェクトに参加しました。
阿部:佐々木さんとは出身大学も学部も同じ など共通点が多いこともあり、今ではすっかり気が置けない間柄です。佐々木さんといえば、消防署関連の手続きでも活躍してくれました。掘削工事の着工が1か月後に迫った2019年 9月、他の発電所で実績のある掘削設備への燃料供給方法が地元の消防署から認められないという窮地に陥ったんです。

佐々木:幸い2020年度の工事は工期が短 く別の燃料供給方法で対応できたのですが、 2021年度以降は長期工事が予定されていたため、地元の消防署と交渉が必要でした。私は消防署関連の手続き自体初めてでしたし、「このままでは掘削工法の見直しが必要になり、掘削会社の負担や当社のコストが大幅に増えてしまう、あるいは最悪の場合、工事が実施できなくなる」という焦りもありました。そこで足繁く消防署に通い、まずは相手の意向を理解することに努めました。また掘削会社とも協議を重ね、全関係者にとって最善の道を考え抜きました。その結果、3か月後に再提出した燃料供給方法の認可が下りた時は、大きな達成感が得られました。

阿部:書面のやり取りだけでは人の心は動かせません。佐々木さんのひたむきさが、一度は失いかけた消防署の信頼を取り戻したのだと思います。本当に大変でしたが、よくやりきってくれましたね。

佐々木:経験豊富な阿部さんのサポートがあったからです。ありがとうございました。

マグマと戦った4年間。
心の支えはSCQDEだった

――本プロジェクトを進める中で、お二人が直面された困難も教えてください。

阿部:困難ばかりの4年間でしたが、特に大変だったのは井戸の掘削です。井戸1本につき約3か月かけて地下を掘り進めていくのですが、終盤は温度が200度を超えるので文字通りマグマと戦いながら掘り進めなくてはなりません。
 本プロジェクトでは計7本の井戸を掘削しましたが、予期せぬトラブルの連続でした。どんなに調査を行っても地上から地下の全てを知り得ることはできないため、事前に掘削リスクを全て解消することはできないのです。
 例えば掘ったものの蒸気が出てこなかったり、逆に掘っている最中にマグマで熱せられた 蒸気が急に噴き出したりするリスクがあります。そうならないように事前に関係者と十分に検討し準備を進めますが、自然相手だと、もう怖いことばかりですよ。それでも地熱発電所がフルパワーで稼働できるだけの蒸気を取り出さねばなりません。それが私たちの使命でしたから。そんな状況を打開してくれたのが、佐々木さんをはじめとする若手技術者たちでした。

佐々木:私たちは掘削リスクを少しでも軽減させるため、最新のモデリングツールを使って地下の状況を可視化することを試みました。またそのデータをもとに地熱貯留層があるであろう位置も予測し、その方向に掘り進めた結果、正確に掘り当てることができた時は心から安堵しました。
 それ以外にも、掘削会社との協議や工程管理、コスト管理など、やるべきことは多いのですが、関係者間で密にコミュニケーションを取り、円滑に進むよう努めました。

阿部:佐々木さんたちの最大の功績は、作業者の安全を守ったことです。三菱マテリアルグループには安全・コンプライアンス・品質・工 程・コストの頭文字から成る標語「SCQDE」があり、私たちは施工時これらを遵守することを肝に銘じています。そして、その中で最重視されているものこそ安全です。
 2019年8月の着工以降、壁に直面する度にこれを思い出し、安全を最優先しつつ、それ以外の要素とのバランスを取ることに努めました。関係者の意見に耳を傾け、ともに考え抜いてもなお判断に迷った時は、SCQDEに立ち返り前進してきたのです。

佐々木:SCQDEは阿部さんの心の支えであり、迷った時の道標でもあったんですね。私も改めて心に刻みます。

地熱発電開発の
成否を分けるのは、地域との調和

――地熱発電事業における、三菱マテリアルの強みを教えてください。

阿部:三菱マテリアルは1974年に秋田県で 大沼地熱発電所の運転を開始して以来50年以上、地熱発電事業に取り組んできました。その間、綿々と受け継がれてきた地熱発電のノウハウは、当社最大の強みです。またグループの総合力を活かし、調査から操業まで一貫してグループ内で行えることも三菱マテリアルならではの強みです。

佐々木:それから地元住民の方々や自治体など地域のステークホルダーと良好な関係を築けている点も大きな強みです。新たな地域で地熱発電開発を行う際、地域の皆様にそうした好事例をお伝えできれば多少なりとも安心していただけますから。

――地域ひいては社会から、三菱マテリアルが期待されていることは何ですか?
阿部:日本政府が2050年カーボンニュートラル実現を目指す中、多くの企業もその実現に向けた行動を求められています。それは当 社においても同様です。三菱マテリアルは5年前倒した2045年度をカーボンニュートラル目標年と定め、自社で消費する電力に匹敵する再生可能エネルギー発電を実現することで、実質的な再生可能エネルギー電力自給率 100%を目指しています。三菱マテリアルは地熱のみならず、水力、太陽光発電事業も行っていますが、地下部門のリーダーとして、さらに地熱開発を活発化したいと考えています。

佐々木:日本は地熱資源量が世界3位ですが、地熱資源に恵まれた場所の多くは国立公園の中や温泉地の近くにあるため、それを十分に活用できていないのが現状ですしね。そこで重要なのが、地域との合意形成です。
阿部:地熱発電開発を行う上で、「地域との調和」は欠かせません。地熱発電開発によって地元住民の方々や温泉事業者などが不利益を被ることは、決してあってはなりません。持続可能な開発と安定操業を行うこと、そして地域の皆様にご納得いただけるまで何度でも説明し、真摯に向き合うこと。それが私たちの責務です。

佐々木:このことは安比地熱発電所の操業管理を担う安比地熱社の一員として、深く心に刻まねばなりません。そのためにも毎年、地熱貯留層のモニタリングを継続していきます。それから地熱発電で得られたエネルギーを活 用して、地域の皆様に貢献する道も模索していきたいです。

安定操業の先に描く未来

――お二人の今後の目標は何ですか?

佐々木:三菱マテリアルは中経2030において、「地熱発電のさらなる拡大」を掲げています。もちろん地熱発電を拡大していくことは重要ですが、既存の地熱発電所の操業管理も同じくらい大切なので、まずは安比地熱発電所の安定操業に努めます。
 また安比地熱発電所ほど大きな発電所を操業する機会はなかなかないので、今回の経験や知見をしっかり吸収し、次の地熱発電開発に活かしていきたいです。

阿部:運転を開始したら終わりではなく、高い発電出力を安定させつつ、安全に操業していくことが重要ということですね。地熱発電事業に携わる一人として、佐々木さんの言葉にとても共感しました。
 また安比地熱発電所プロジェクトは、調査段階も含めると20年以上前から取り組んできました。つまり、それだけ長い時間をかけて諸先輩方がつないできた血と汗の結晶が、ようやく実を結んだということです。そして次は、私たちが持てる知識や経験、そして気概を次世代につないでいく番です。今後は次世代の育成を通して、地熱発電事業の発展に貢献していきます。