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2025.07.23

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使用済み鉄道ケーブルの再生 ~銅と被覆材の循環により、廃棄物を減らす~

鉄道は、私たちの移動や物流を支える重要な交通インフラであり、その運行には電気設備用ケーブルや信号ケーブルが不可欠です。
これらのケーブルは、鉄道特有の外部環境に耐えられるよう設計されており、強度に優れる一方で、被覆線が細く、既存の処理技術では導線と被覆材を高純度に分離することが困難です。そのため、リサイクル可能な素材の回収が限定的であり、その多くが廃棄されているのが現状です。

三菱マテリアルは、国立大学法人東北大学東急株式会社東急電鉄株式会社と連携し、鉄道ケーブルのリサイクルに関する研究開発を2025年4月1日から開始することを、2025年3月17日にプレスリリースにて4者連名で発表しました。本研究は、環境省独立行政法人環境再生保全機構の環境研究総合推進費(JPMEERF20253002)により実施するものです。

本記事では当社の本研究開発担当者に、今回の取り組みの背景や活用される技術、目標などについて話を聞きました。

イノベーションセンター 開発PMO-A5(小名浜支所)

平田 洵子

鉄道ケーブルのリサイクルに当社が取り組む背景を教えてください

当社は「人と社会と地球のために、循環をデザインし、持続可能な社会を実現する」ことを私たちの目指す姿と定めています。なかでも「銅」は当社事業の中核をなす重要な素材であり、その循環においては常に先駆者でありたいと考えていますし、大きな責任も感じています。
鉄道事業では、多くの「銅」を含むケーブルが使用されており、安全かつ安定した運行を支える不可欠な部材として、徹底した整備が行われています。しかし、使用済みケーブルのリサイクルについては、理想的な資源循環が行われているとは言えず、鉄道事業の手を離れた資源の行方は不透明な状況です。
当社は、鉄道事業にとって重要な部材であるケーブルのリサイクルに取り組むことで、私たちの生活を支える大切なインフラである鉄道事業における銅の確実な循環を実現し、持続可能な社会に貢献したいと考えています。

線路脇に敷設されている信号ケーブル(提供:東急電鉄)

なぜ4者が連携することになったのですか?

東北大学と当社は、電線部材から導体と被覆を分離する技術(湿式剥離法※)の共同開発を2015年から進めてきました。資源循環を実現するためには、素材を生み出す企業だけではなく、その素材を使用する企業とともに課題を共有し、解決に向けて連携・協働することが重要です。
鉄道事業を営む東急電鉄および東急が、自社で使用している部材のリサイクル課題を抱えていたこと、そこに当社が目指す資源循環の姿が共鳴したことから、大学発のユニークな技術を基盤に、新たな資源循環の可能性に向けて4者で連携することになりました。

※湿式剥離法:有機溶媒にケーブルを浸漬すると被覆材が膨張(膨潤)します。その状態で金属などの小さなボールで衝撃を与えることで、銅線および被覆材を損傷させることなく分離・剥離する技術です。

研究課題名:使用済みワイヤーハーネスから高品位の銅および被覆樹脂を回収する高効率湿式ボールミル剥離法の開発(東北大学)より引用
[課題番号3RF-1901; 体系的番号JPMEERF20193R01]

東北大学との「湿式剥離法」はどのようなきっかけで開発がスタートしたのでしょうか?

東北大学(吉岡研究室)は、プラスチックリサイクルに関する研究の中で、ポリ塩化ビニルと有機溶媒の適切な組み合わせによる膨潤現象が、細い電線の剥離に有効であることを見出しました。
当社は、銅を含む部材のリサイクル技術を探索する中で、東北大学のこの技術に初期段階から注目し、研究支援を行っていきました。
基礎技術がある程度確立された2022年からは、自動車のワイヤーハーネスを対象に湿式剥離法を適用したリサイクルプロセスの検討を開始し、当社も本格的に研究開発に参画し、連携体制を構築することになりました。

有機溶媒によって膨潤した電線剥離の様子

湿式剥離法による剥離後の銅線と被覆材

当社はどのような役割を担っていますか?

自動車のワイヤーハーネスを対象とした取り組みでは、湿式剥離法を適用するために、被覆電線の前処理手法の検討など、リサイクル実現に向けたプロセス全体の構築に取り組みました。
また、回収された銅の品質を分析し、その結果を湿式剥離条件の最適化にフィードバックすることで、技術の高度化を図っています。
今回の鉄道ケーブルへの展開においても、周辺技術の開発や再資源化手法の検討を進め、プロセス全体の最適化を目指します。
使用済みワイヤーハーネスの前処理

現時点で想定されている課題とその克服方法は?

鉄道用のケーブルは、これまで研究対象としてきた被覆電線とは素材や構造が異なるものも多く、湿式剥離法の最適な条件を新たに見出す必要があります。また、導体や絶縁被覆以外の素材が使用されている場合もあり、前処理などの周辺技術の検討も不可欠です。
今回の取組みでは、銅だけでなく被覆材などの樹脂類も適切に分離・回収し、リサイクルすることを目指しています。素材を有効にリサイクルするためには、各素材を精度高く分離し、高純度で素材を回収することが求められます。そのため、複数の技術を組み合わせ、現実的なプロセスに落とし込む必要があると考えています。4者の連携体制を活かし、大学の研究力、鉄道事業者の現場知見、当社の素材技術を融合させることで、課題の克服を図ります。

今回の研究開発で期待される成果は?

鉄道ケーブルのリサイクル技術開発で得られる技術や知見は、鉄道分野にとどまらず、他の多様な用途で使用されているケーブル製品にも展開可能であると考えています。ケーブルは幅広い分野で使用される重要な部材であり、その技術の波及効果は大きく、循環型社会の実現を力強く後押しすることが期待されます。

3年後に実現したい姿を教えてください

まずは対象としているケーブルのリサイクルプロセスを完成させ、再資源化までの流れが明確に見える資源循環スキームを提示したいと考えています。
そして3年後には、構築したリサイクルプロセスを実用化フェーズへと移行できるレベルまで、開発技術を磨き上げていきたいと思います。